ほとんど眠れないまま朝になった。これから大くんをお見送りする。杉野マネージャーも一緒だし大丈夫。仕事モードで頑張らなきゃ。「さて、お見送りだぞ」「はい」ロビーから裏玄関へ向かい待っていると、車はすでに手配されていた。池村マネージャーさんの後ろに歩いてついてくる大くん。顔を見た瞬間、昨晩のことが蘇る。「紫藤様、今回は本当にありがとうございました」杉野マネージャーが頭を下げる。「いえ、こちらこそお世話になりました」相変わらず笑顔の大くん。「あ、そうだ。この辺に本屋さんはありますかね。空港にありますよね」「そうですね」「実は押し花しおりを見つけて」そう言って、胸のポケットから出したのは、私が大事にしていたあのしおりだ。私にわかるようにわざと見せてきたのだろう。「どこにあったんですか?」杉野マネージャーが質問する。「部屋の中です」「返して」と言いたいけど、どうして私の物を持っているのかとか、一人で大くんの部屋に行ったなんてバレてしまったら大問題になる。大くんは、私の様子を窺っているようだ。気持ちを悟られたくなくて目を逸らした。「では、時間ですので」池村マネージャーが言うと、大くんは車に乗り込んだ。もう、会うことはない。切なくて胸が張り裂けそうになる。車が走りだすと、思わず泣きそうになった。生ぬるい風が頬を撫で私は仕事だということを忘れうつむく。今日は、一段と暑い。ジャケットを脱いで腕にかけた。「じゃあ、俺らも……帰ろうか」「はい」歩き出す杉野マネージャーは、ピタリと歩みを止めた。「……紫藤大樹はやめたほうがいい」「え?」驚いて目を丸くすると、近づいてきた杉野マネージャーは私の汗ばんでいる首筋に触れた。「これ、どう見てもキスマークだよな」「虫刺されだと思います……」「ああ、そう」なぜ他の男の人たということを疑わないのだろうか。「夜中に部屋を出てVIPルームの方向に行くのを見たんだよね」誰もいないことを確認していたつもりだったのに、まさか見られていたとは。「追いかけたんだけど少し遅くて、もうエレベーターは動かせなかった」VIPフロアに泊まっている人しか操作ができない仕様になっているからだ。「なんか、変だなって思って……寝る前に携帯でいろいろ調べたんだ。紫藤大樹、若い頃に女の子を妊娠させたスキャン
+東京に戻って千奈津にお土産を渡すとすごく喜んでくれた。「ねーねー、生紫藤大樹はどうだった?」「綺麗な顔だったよ」「いいなぁー」はしゃいでいる千奈津に「仕事しろ」と言って、紙で丸めた棒状なもので頭を軽く叩いている杉野マネージャー。この状況を見ていると、日常に戻った感じがする。あっという間に一ヶ月が過ぎた。私も仕事にだんだんと慣れてきて少しは戦力になってきたのではないだろうか。はなのしおりが無いことに違和感を覚えつつ、なんとか頑張っている。CMもでき上がってきて、最終チェックをして、八月から放映される予定だ。九月からはCOLORのツアーがあるらしく、うちの会社がスポンサーになった。気持ちを押し殺そうとしても、気がつけば大くんのことばかり考えている。好きだとか言ってくれたけど、あれは嘘だったんだろうな、きっと。杉野マネージャーは、あれから大くんのことは聞いてこない。ただ「スポンサーになったんだな」と、ボソッと言われた。「スポンサーになったからもしかしたらまた会ってしまうこともあるかもしれないけど……気をつけて行動するんだぞ」釘を刺されたような気がする。
紫藤大樹side沖縄の撮影が終わり飛行機で帰る最中、目を閉じていたが、美羽のことばかり考えている。――十年ぶり……か。まさか、再会できるなんて思わなかった。予告なしに会った時、俺は自分を見失いそうになった。ずっと、美羽に会えなくなってから怒りしか残ってないと思っていたのに、俺は愕然とした。撮影中も仕事に集中できなくて、どうにか二人きりになりたいって思っていたんだから。バカだよな。何年も同じ女を好きでいるなんて。自分がこんなに一途だとは知らなかった。兄貴が亡くなってからも、俺はあの家に帰ると兄貴がいるような気がしてたまに行ったりしていた。今考えたら明らかに不審者なんだけどね。俺は、とにかく孤独だった。親と兄の死を間近に見て、生きていることの有り難みを知ったと同時に、死への恐怖心も芽生えていた。いつも、どこか暖かい場所を求めていたのかもしれない。美羽にはじめて会った時、なんとなくフィーリングは合う気がしたけど、まさか恋愛感情が芽生えるなんて思わなかった。恋愛なんてできないと思っていたのに、気がつくといつも美羽の顔が浮かぶようになって、辛いレッスンがあった後でも美羽に会えると思うと頑張れたんだ。――兄貴からのプレゼントだと思った。孤独すぎる俺に、与えてくれた兄貴からのプレゼント。きっと、俺は美羽に出会うために生きているのだとさえ感じられて、愛しくてたまらなかった。美羽は言葉でちゃんと伝えてやらなきゃわからないタイプだから、気持ちが通じ合うまで時間がかかった。はじめて美羽を抱いた日。俺は余裕が無くて、ついついソファーでしてしまったんだ。目を閉じると鮮明に思い出すことができる。もう一度、真っ白な肌の美羽に触れたい――……。
沖縄からの飛行機は東京に無事到着しタクシーに乗り込んだ。これから、バラエティー番組の収録がある。「疲れてない?」「いつものことだし」質問してきた池村マネージャーに素っ気なく答えると、自分の胸ポケットからしおりを出した。「それ、本当に拾ったの?」じっとしおりを見つめている俺に話しかけてくる。「ああ、そうだよ」余計なことは、言わないほうがいい。俺と美羽の過去を知ったら、池村マネージャーはすぐに会社に報告するだろう。面倒なことが起きる前に、美羽となんとか話をしたい。意地悪な言葉をかけて冷たい視線を向けて、嫌がることをしてしまった。お詫びをしてまた話をしたい。収録を終えて美羽に早速電話をするが、着信拒否をされていた。その日から、時間を見つけては何度かかけたけど、出てくれる気配はない。美羽は、本当に幸せなのだろうか?あの杉野マネージャーとやら男と本当に付き合っているのかな。俺と別れて正解だったと思ってるのか?自分だけがこんなにも美羽に執着しているのか。美羽が大事にしていた「花のしおり」を見つめて悶々としていた。会いたい会いたいって想い続けていたから、ああやって会えたんだと思う。だから、想い続けていたら、またどこかで縁が繋がるかもしれない。どこかで、美羽を信じている自分がいる。社長や美羽の親が、子供を堕ろしたと言っても、違うんじゃないかと思いたい。今すぐにでも会いに行きたいと思っていたのだが、監視があまりにも酷かったし社長は何度も俺に暗示をかけてきた。『あの子は、結局普通の幸せが欲しいのよ。見返してやりなさい』そう言われていた。『手紙が届いたわよ』社長に言われて渡された手紙の内容には愕然としてしまった。『紫藤様短い間でしたがお世話になりありがとうございました。私は自分の将来を考えて、子供は産まない決断をしました。このことは一生誰にも言わない秘密にします。仕事に励んで頑張ってください。さようなら』美羽が書いた内容とは思えなかったが、字は美羽のものだった。でも、どうしても諦めきれなくて目を盗んで家に行くと美羽は引っ越ししていた。またあの家は空っぽの箱になっていたのだ。大きな大きな傷が心について、涙が自然と溢れ出す。唇を噛み締めながら嗚咽を堪えた。両親も兄も死んで、さらに愛する人へも会えなくなった。どうして
精神が崩壊しそうになりながら、仕事に励んでいた。――美羽。会いたい。すぐに会いに行けないもどかしさの中、COLORはだんだんと知名度を上げて自由に動けない日々だった。そんな、ある日。美羽が大学を卒業する二ヶ月前。そんなタイミングに、俺は勝負をかけ空いた時間に美羽の実家に行ったのだ。何が何でも美羽を連れ去ろうと思っていた。実家のチャイムを押すと家にいたのは美羽のお母さんだった。夕方の時間を狙って訪ねたのだが、美羽は不在だった。それでも人目につくと危ないからと言って、中へ入れてくれたのだ。門前払いかと思っていたから、驚いた。「美羽さんに会わせてください」「あの子を好きになってくれてありがとう。あなたみたいな素敵な男の人が身近にいたら恋しちゃうわよね」優しく微笑んでくれた美羽のお母さんは、やはり美羽に似ていた。「早く会いに来たかったのですが、パパラッチなど、ご迷惑かけてしまうのでどうしても時間を置いてからじゃないと駄目だったんです」「芸能人って大変なんですね」一線を引かれたような言葉に、少し怖気づきそうになった。「……本当に、美羽さんは子供を堕ろしたのでしょうか?」「ええ」美羽のお母さんは、間髪をいれず即答した。それでも俺は、その言葉を受け入れられずにいた。「信じられないです」「残念ながら事実よ。あの子は就職も決まってやっと前を向いて歩き出したの。もう、関わらないであげてください」真剣すぎる眼差しに、その時の俺は何が正しいのか判断できなくなっていた。美羽が、子供を降ろすはずないのに。産んでどこかにいるのではないか? どうしてもそう思ってしまうのだ。「もしも、あなたが美羽を想ってくれるのなら、そうっとしておいてください。一般人の美羽を巻き込まないであげて。陰ながらあなたを応援しますので」その日、俺は美羽に結局会えなくて。それから、ずっと会えなかった。そもそも、俺のことを愛していたならば、様々な手段を使ってでも連絡してくるハズだ。でも美羽は連絡先も変えて、俺との縁を切ったように思えた。愛が憎しみに変わっていく――。あいつを後悔させてやる。そんなふうに思考が塗り替えられていった。そうしないと頑張れなかったんだ。
+「紫藤さんが甘藤のCM出たから、ツアーのスポンサーになってくれたわ」池村マネージャーから報告を受けたのは、振付の確認をCOLORメンバーとしていたダンススタジオでのことだった。汗を拭きながら冷静なフリをする。また美羽の会社と関係することができたが、美羽に会うことはできるだろうか。「マネージャー。関係者席で甘藤の社長さんにチケット送るでしょ? コマーシャルの撮影に来てくれたあの人たちも招待してあげたら?」「そうですね。用意しておきましょうか」必ずしも美羽が来るとは限らないが、可能性はある。次こそ、会えるチャンスがあったら絶対に逃がさない。そんな決意を胸の中でそっとして仕事に励んでいた。家にいる時は、いつもあの「花のしおり」を見ている。今日も一人でビールを呑みながらネットでいろいろ調べる。「しおり」について有力な情報は得ることができない。美羽は、なぜあんなにも取り返そうとしたのだろうか。チャイムが鳴りドアを開けると、寧々がいた。「帰ってきてたんだ? お邪魔するよ」寧々は、わざわざ俺と同じマンションに引っ越してきた。最近は、モデル業の傍ら女優としても才能を開花させている。入っていいと言ってないのに、寧々は中に上がってきてソファーに座った。「また見てたの? ボロボロしおり」「悪い?」「大樹ったら、相変わらず冷たいな。そんなにあたしのこと嫌い?」顔を覗き込んでくる。「嫌いじゃない。恩は感じてるよ」細い足を組んでフーっとため息をつかれる。「なんかさ、最近、大樹おかしくない? 様子が変というか。あの時に似てるというか、抜け殻みたいな……」あの時とは、美羽と別れた直後のことだ。俺のスキャンダルを消してくれたのは、寧々の親父である大物プロデューサーのおかげだった。だから、寧々には頭が上がらない。「べつに、普通だけど?」「大樹。また変な女に引っかかっているんじゃないよね?」「……まさか」美羽は変な女じゃない。寧々は、失礼な奴だ。「なんで大樹は、あたしのこと好きになんないのかなぁ」「俺は簡単に人を好きにならないから」「あたしは大樹のこと、大好きなのに、報われないの?」つぶやくように言う寧々は、俺の様子を窺っている。「寧々みたいな美人なら男なんて選び放題でしょ」「うん。でも、大樹がいい」「お前もそろそろ
+九月になり、ライブツアーがはじまった。ライブがはじまると、かなりハードな毎日だ。でも、ファンと生で会えるのは一番エネルギーをもらえるから、ライブは大好きだ。東京でのライブは十一月三日。俺と美羽が付き合いはじめた日なのだが、覚えているだろうか。自分だけが大事な日だと思って生きてきたのかな。その日、美羽は来てくれるだろうか。来てくれたとしても、直接言葉を交わすチャンスはあるかな。ツアー中もしおりを持って回っている。まるでお守りだ。なんだか、これを見ると落ち着くんだ。不思議だな。なんでだろう。ツアーを回ってきて東京に戻ったのは、十月末だった。業界人が集まる居酒屋で俺はプロデューサーと呑んでいた。そこに店のスタッフがきた。「デザイナーの小桃さんがいらしています」耳打ちをされる。これは、店の厚意だ。業界は横の繋がりがすごく大事になるから、芸能関係の人がいると教えてくれるのだ。プロデューサーとある程度呑んだところで、俺は小桃さんの部屋へ挨拶に行く。世界的に有名なデザイナーの小桃さんは、寧々のファッションショーも手がけたことがあり、面識もあった。「失礼します」ノックをして中へ入ると、派手派手な紫のワンピースの女性が目に入る。小桃さんは、相変わらず奇抜な洋服を着ているが似合っている。「あら、大樹くんじゃない。いたの?」「ええ、プロデューサーと」俺の視線に入ってきたのは、見覚えのある女性だった。美羽の友達の真里奈さんだ。真里奈さんは俺を見て固まっている。「友人の真里奈さん。あー、正確に言うと友人の友人だったの。今日は女子三人で会う予定だったんだけど、もう一人は残業で来られないみたいで」小桃さんは真里奈さんを丁寧に紹介してくれた。もう一人って、まさか美羽じゃないだろうか。「……俺のこと、覚えていますか?」少しでも美羽に繋がれるチャンスがあるなら、逃したくないと思って真里奈さんに話しかけた。「もちろんです」真里奈さんは、俺の目を真っ直ぐ見つめて答えた。「二人、知り合い? えぇ、びっくり。何繋がり?」小桃さんは、一人テンションが高い。そんなことを気にしないで俺は真里奈さんに頭を下げる。「美羽に会わせてください」「なになに、美羽ちゃんとも知り合いなの?」小桃さんは、わけがわかっていない状態だ。「美羽に会いたがってい
ジャケットの内ポケットから、美羽が大事にしていたしおりを出してみせると、真里奈さんの表情は変わった。きっと、彼女は何かを知っているのだ。だけど、小桃さんの手前言えないのだろうか。その時、タイミングよく小桃さんの携帯が鳴り部屋を出て行く。二人きりになったタイミングで真里奈さんは、口を開いた。「なぜ紫藤さんがこれを持っているんですか?」先月からコマーシャルが流れている。「実は最近流れているコマーシャルの仕事で再会したんです」「そうだったんですか? そんなこと一言も言ってなかった」「情報解禁できるまで言えなかったのではないでしょうか?」なるほどというような顔をした。「これは美羽の口から言うべきかもしれないですが、おせっかいかもしれないけど、もしあなたが今でも美羽を愛しているのなら言いますが?」真剣な口調で言うから、俺も真剣にうなずいた。「愛しているから、こんなに必死なんです。俺が芸能人じゃなきゃ、会社の前で待ち伏せしたいですよ。でもそんなことをしたら、美羽にも会社にも迷惑かけてしまう。美羽の気持ちもわからないし……」必死で言うと、真里奈さんは厳しい口調で問いかけてくる。「なんであの時、迎えに来なかったの? そんなに芸能界に残っていたかったわけ?」そんなふうに思うのも仕方がないだろう。キツイ口調なのも、美羽を思ってのことだと理解できるから、受け止める。「想像を超えるパパラッチがいたし、行きたくても行けなかったんです。それでも落ち着いた頃実家に行ったこともありましたが、お母さんに美羽の幸せを願うなら、現れるなと。悔しかったけど、俺は身を引くことが一番だと思っていたんです。それなのに、再会してしまって。勝手に子供を降ろされて憎んでいたはずなのに、俺はまだ美羽を愛していると気がつきました」一気に言うと、真里奈さんの表情が少し和らいだ。「信じますよ。あなたの、言葉」「ええ」一呼吸置いた真里奈さんは「赤ちゃんです」と言った。「赤ちゃん……?」「産みたくて守ろうとした赤ちゃんは、お腹の中で……亡くなったんです」「……堕ろしたんじゃなく?」金属バットで殴られたような、すごい刺激が頭を走った。堕ろしたんじゃ……ないだと?「残念ながら、亡くなってしまったみたいなんです。手術をして退院した日に、咲いていた花だったみたいで。『はな』って名前
赤坂side「話って何?」俺は、結婚の許可を取るために、大澤社長と二人で完全個室制の居酒屋に来ていた。大澤社長が不思議そうな表情をして俺のことを見ている。COLORは一定のファンは獲得しているが、大樹が結婚したことで離れてしまった人々もいる。人気商売だから仕方がないことではあるが、俺は一人の人間としてあいつに幸せになってもらいたいと思った。それは俺も黒柳も同じこと。愛する人ができたら結婚したいと思うのは普通のことなのだ。しかし立て続けに言われてしまえば社長は頭を抱えてしまうかもしれない。でもいつまでも逃げてるわけにはいかないので俺は勇気を出して口を開いた。「……結婚したいと思っているんだ」「え?」「もう……今すぐにでも結婚したい」唐突に言うと大澤社長は困ったような表情をした。ビールを一口呑んで気持ちを落ち着かせているようにも見える。「大樹が結婚したばかりなのよ。全員が結婚してしまったらアイドルなんて続けていけないと思う」「わかってる」だからといっていつまでも久実を待たせておくわけにはいかないのだ。俺たちの仕事は応援してくれるファンがいて成り立つものであるけれど、何を差し置いても一人の女性を愛していきたいと思ってしまった。「解散したとするじゃない? そうしたらあなたたちはどうやって食べていくの? 好きな女性を守るためには仕事をしていかなきゃいけないのよ」「……」社長の言う通りだ。かなりの貯金はあるが、仕事は続けていかなければならない。俺に仕事がなければ久実の両親も心配するだろう。
司会は事務所のアナウンス部所属の方のようだ。明るい声で話し方が柔らかいいい感じの司会だ。美羽さんと紫藤さんがゆっくりと入場してきた。真っ白なふわふわのレースのウエディングドレスを着た美羽さんはとても可愛らしい。髪の毛も綺麗に結われていて、頭には小さなティアラが乗っかっている。二人は本当に幸せそうに輝いている笑顔を浮かべていた。きっと過去に辛いことがあって乗り越えてきたから今はこうしてあるのだろう。二人が新郎新婦の席に到着すると、紫藤さんが挨拶をした。「皆さんお集まりくださりありがとうございます。本当に仲のいい人しか呼んでいません。気軽な気持ちで食事をして行ってください」結婚パーティーではプロのアーティストだったり、芸人さんがお笑いネタをやってくれたりととても面白かった。自由時間になると、美羽さんが近づいてきてくれる。「久実ちゃん、今日は来てくれてありがとう」「ウエディングドレスとても似合っています」「ありがとう。また今度ゆっくり遊びに来てね」「はい! お腹大事にしてください」「ええ、ありがとう」美羽さんのお腹の赤ちゃんは順調に育っているようだ。早く赤ちゃんが生まれてくるといいなと願っている。美羽さんと紫藤さんは辛い思いをたくさんしてきたらしいので、心から幸せになってほしいと思っていた。アルコールを楽しんでいる赤坂さんに目を向ける。事務所が私との結婚を許してくれたらいいな。でも、たくさんファンがいるだろうから、悲しませてしまわないだろうかと考えてしまう。落ち込んでしまうけど、希望を捨ててはいけない。必ず大好きな人と幸せになりたいと心から願っている。そして今まで支えてくれたファンの方たちにも何か恩返しができればと思っていた。私が直接何かをすることはできないけれど陰ながら応援していきたい。
◆今日は美羽さんと、紫藤さんの結婚パーティーだ。レストランを借り切って親しい人だけを選んでパーティーをするらしく、そこに私を呼んでくれたのだ。ほとんど会ったことがないのにいつも優しくしてくれる美羽さん。忙しいのにメッセージを送るといつも暖かく返事をしてくれる。そんな彼女の大切な日に呼んでもらえたのが嬉しくてたまらなかった。私は薄い水色のドレスを着てレストランへと向かった。会場に到着して席に座ると、私の隣に赤坂さんが座った。「おう」「……こ、こんにちは」「なんでそんなに他人行儀なの?」ムッとした表情をされる。赤坂さんと結婚の約束をしたなんて信じられなくて、今でも夢かと思ってしまう。「なんだか……私たちも婚約しているなんて信じられなくて」「残念ながら本当だ」「残念なんかじゃないよ。すごく嬉しい」赤坂さんはにっこりと笑ってくれた。そしてテーブルの下で手をぎゅっと握ってくれる。誰かに見られたらどうしようと思いながらドキドキしつつも嬉しくて泣きそうだった。「少し待たせてしまうかもしれないけど俺たちももう少しだから頑張ろうな」「うん」大好きな気持ちが胸の中でどんどんと膨らんでいく。こんなに好きになっても大丈夫なのだろうか。小さな声で会話をしていると会場が暗くなった。そしてバイオリンの音楽が響いた。『新郎新婦の入場です』
「病弱でいつまで生きられるかわからなくて。私たち夫婦のかけがえのない娘だった。その娘を真剣に愛してくれる男性に出会えたのだから、光栄なことはだと思うわ」お母さんの言葉をお父さんは噛みしめるように聞いていた。そして座り直して真っ直ぐ赤坂さんを見つめた。「赤坂さん。うちの娘を幸せにしてやってください」私のためにお父さんが頭を深く深く下げてくれた。赤坂さんも背筋を正して頭を下げる。「わかりました。絶対に幸せにします」結婚を認めてくれたことが嬉しくて、私は耐えきれなくて涙があふれてくる。赤坂さんがそっとハンカチを手渡してくれた。「これから事務所の許可を得ます。その後に結婚ということになるので、今すぐには難しいかもしれませんが、見守ってくだされば幸いです」赤坂さんはこれから大変になっていく。私も同じ気持ちで彼を支えていかなければ。「わかりました。何かと大変だと思いますが私たちはあなたたちを応援します」お母さんがはっきりした口調で言ってくれた。「ありがとうございます」「さ、お茶でも飲んでゆっくりしててください。今日はお仕事ないんですか?」「はい」私も赤坂さんも安心して心から笑顔になることができた。家族になるために頑張ろう。
「突然押しかけてしまって本当に申し訳ありません」赤坂さんが頭を下げると、お父さんは不機嫌そうに腕を組んだ。赤坂さんは私の命を救ってくれた本当の恩人だ。お父さんもそれはわかっているけれど、どうしても芸能人との結婚は許せないのだろう。赤坂さんが私のことを本気で愛してくれているのは、伝わってきている。私の隣で緊張しておかしくなってしまいそうな雰囲気が伝わってきた。「お父さん、お母さん」真剣な声音で赤坂さんはお父さんとお母さんのことを呼ぶ。お父さんとお母さんは赤坂さんのことを真剣に見つめる。「お父さん、お母さん。お嬢さんと結婚させてください」はっきりとした口調で言う姿が凛々しくてかっこいい。まるでドラマのワンシーンを見ているかのようだった。「お願い、赤坂さんと結婚させて」「芸能人と結婚したって大変な思いをするに決まっている。今は一時的に感情が盛り上がっているだけだ」部屋の空気が悪くなると、お母さんがそっと口を開いた。「そうかしら。赤坂さんはずっと久実のことを支えてくれていたわ。こんなにも長い間一緒にいてくれる人っていない。芸能人という特別な立場なのに、本当に愛してくれているのだと感じるの。だから……お母さんは結婚に賛成したい」お母さんの言葉にお父さんはハッとしている。私と赤坂さんも驚いて目を丸くした。お母さんはお父さんの背中をそっと撫でる。「あなたが久実のことを本当に大事に思っているのは一番わかるわ。可愛くて仕方がないのよね」「……あぁ」父親の心が伝わり泣きそうになる。
慌ててインターホンの画面を覗くと、宅急便だった。はぁ、びっくりさせないでほしい。ほっとしているが、残念な感情が込み上げてくる。どこかで赤坂さんに来てほしいという気持ちもあるのかもしれない。ちょっとだけ、寂しいなと思ってしまう。私は赤坂さんと結婚するのは夢のまた夢なのだろうか。お母さんが言っていたように二番目に好きな人と結婚しろと言われても、二番目に好きな人なんてできないと思う。ぼんやりと考えているとふたたびチャイムが鳴った。お母さんがインターホンのモニターを覗くと固まっている。その様子からして私は今度こそ本当に本当なのではないかと思った。「……あなた。赤坂さんがいらしたんだけど」「なんだって」部屋の空気が一気に変わった。私は一気に緊張してしまい、唇が乾いていく。赤坂さんが本当に日曜日に襲撃してくるなんて思ってもいなかった。冗談だと思っていたのに、来てくれるなんてそれだけ本気で考えてくれているのかもしれない。「久実、お父さんとお母さんのことを騙そうとしていたのか」「違うの。赤坂さんお部屋に入れてあげて。パパラッチに撮られたら大変なことになってしまうから」お父さんとお母さんは仕方がないと言った表情をすると、オートロックを解除した。数分後赤坂さんが部屋の中に入ってくる。今日はスーツを着ていつもと雰囲気が違っている。手土産なんか持ってきちゃったりして、芸能人という感じがしない。松葉杖を使わなくても歩けるようになったようだ。テーブルを挟んでお父さんとお母さん向かい側に私と赤坂さんが並んで座った。
家に戻り、落ち着いたところで携帯を見るが久実からの連絡はない。もしかしたら、両親に会える許可が取れたかと期待をしていたが、そう簡単にはいかなさそうだ。久実を大事に育ててきたからこそ、認めたくない気持ちもわかる。俺は安定しない仕事だし。でも、俺も諦められたい。絶対に久実と結婚したい。日曜日、怖くて不安だったが挨拶に行こうと決意を深くしたのだった。久実side日曜日になった。朝から、赤坂さんが来ないかと内心ドキドキしている。今日に限って、お父さんもお母さんも家にいるのだ。万が一来たらどうしよう。いや、まさか来ないよね。……いやいや、赤坂さんならありえる。私は顔は冷静だが心の中は忙しなかった。もし来たら修羅場になりそう。想像すると恐ろしくなって両親を出かけさせようと考える。お父さんは新聞を広げてくつろいでいる。「お父さん、どこか、行かないの?」「なんでだ」「い、いや、別に……アハハハ」笑ってごまかすが、怪しまれている。大丈夫だよね。赤坂さんが来るはずない。忙しそうだし、いつものジョークだろう。でも、ちゃんとお父さんに会ってもらわないと。赤坂さんと、ずっと、一緒にいたい。ランチを終えて食器を台所に片付けに行くと、チャイムが鳴った。も、もしかして。本当に来ちゃったの?
久実を愛しすぎて、彼女のウエディングドレス姿ばかり、想像する日々だ。世界一似合うと思う。純白もいいし、カラードレスも作りたい。もちろん結婚がゴールではないし結婚後の生活が大事になってくる。つらいことも楽しいことも人生には色々あると思うが彼女となら絶対に乗り越えて行ける自信があった。ただ……俺も黒柳も結婚をすると、COLORは解散する運命かもしれない。三人とも既婚者のアイドルなんてありえないよな。大事なCOLORだ。ずっと三人でやってきた。大樹だけ結婚をして幸せに過ごしているなんて不公平だと思う。あいつが辛い思いをしてきて今があるというのは十分に理解しているから、祝福はしているが、俺だって愛する人と幸せになりたい。グループの中で一人だけが結婚するというのはどうしても腑に落ちなかった。だから近いうちに事務所の社長には結婚したいということを伝えるつもりでいる。でもそうなるとやっぱり解散という文字が頭の中を支配していた。解散をしても、俺は久実を養う責任がある。仕事がなくなってしまったら俺は久実を守り抜くことができるのだろうか。不安もあるが、久実がそばにいてくれたら、どんな困難も乗り越えられると信じていたし、絶対に守っていくという決意もしている。
赤坂side音楽番組の収録を終えた。楽屋に戻ると、大樹は美羽さんに連絡をしている。「終わったよ。これから帰るから。体調はどうだ?」堂々と好きな人とやり取りできるのが、羨ましい。俺は、久美の親に結婚を反対されているっつーのに。腹立つ。会うことすら許してもらえない。大きなため息が出てしまう。私服に着替えながらも、久実のことを考える。久実を幸せにできる男は、俺だけだ。というか、どんなことがあっても離さない。俺は久美がいないと……もう、生きていけない。心から愛している。どんな若くて綺麗なアイドルなんかよりも、世界一、久実が好きだ。どうして、久実のご両親はこんなにも反対するのか。俺に大切な娘を預けるのは心もとないのだろうか。なんとしても、久実との交際や結婚を認めてほしい。一生、久実と生きていきたいと思っている。俺のこの真剣な気持ちが伝わればいいのに……。日曜日に実家まで押しかけるつもりでいた。 強制的に動かなければいけない時期に差し掛かってきている。 苛立ちを流し込むように、ペットボトルの水を一気飲みした。「ご機嫌斜め?」黒柳が顔を覗き込んでくる。「別に!」「スマイルだよ。笑わないと福は訪れないよ」「わかってる」クスクス笑って、黒柳は楽屋を出て行く。俺も帰ろう。「お疲れ」楽屋を出てエレベーターに乗る。セキュリティを超えて ドアを出るとタクシーで帰る。一人の女性をこんなにも愛してしまうなんて予想していなかった。自分の人生の物の見方や思考を変えてくれたのは、間違いなく久実だ。きっと彼女に出会っていなければ、ろくでもない人生を送っていたに違いない。